住宅街に移転することになった県の施設。その施設の目的や性質上、地域の理解を得ながらセキュリティを高め、周辺環境との調和を図ることを目指しています。また、施設は多数の居室を持ちながら主に3つのエリアに分かれながらも連携する必要性があり、利用者の秘匿性や職員による見守りや管理など多様な要求に応え、複合的な関係性を整理しながら利用者や職員にとって快適で機能的な環境を実現しています。
近年、児童相談所への相談、特に児童虐待に関する件数は増えており、児童虐待は社会全体で取り組むべき大きな課題となっています。建替え前の相談所は老朽化による屋内環境の悪化が著しく、個室も少なく個別的ケアが十分にできていないなど、建築計画がニーズとあっておらず、子供の年齢や権利擁護に配慮した環境が実現できていませんでした。
移転新築にあたって本施設は里親委託や児童福祉施設への入所措置、問題を抱える児童の心理学的アセスメントと治療、知的障がい児に対する療育手帳の交付などを行う児童相談所の機能、そしてDV を含めた女性からの相談や指導、援助などを行う女性相談支援センターの機能、更に、それらが互いに連携し多様なケースに対応できるものとしての機能などが必要とされました。そして、外部から不当な侵入を防止し、利用者のプライバシーを守りながら閉鎖感のない空間とすること、子どもを監視するのではなく自然に見守ることができること、など二律背反する要望が求められました。
単なる施設利用者を迎える公共施設と異なり、利用者の安寧をもたらす必要がある本施設は、住宅街のなかで気配を互いに伝えるために建物を南側の住宅街側に寄せた配置としています。そして、2 階となる部分は大きくセットバックすることで圧迫感を軽減し、建物の軒を深くとりながら壁や塀を非連続とし、余白を多数設けることで大規模建築物を分節化して周囲の住宅と調和するように計画しました。
また、平面計画の構成として大きな中庭を3つ用意し、それらを建物が取り囲む計画としています。中庭に面して諸室を配置することで外部からの視線を閉ざしながら開放的な空間を実現し、子どもたちが心理的、身体的健康を保つことができるようにしました。開口部は塀とルーバー、植栽によって視線を遮り、圧迫感を与えないように外部との緩衝空間をつくっています。そして利用者が自ら居心地の良い空間を選べるよう、性質の異なる居場所を用意しました。
利用者の多くは、様々な事情により不安や緊張の感情を持って訪れます。そのため、動線は回遊性をもたせることでスムーズな運営と利用者のプライバシーを確保しました。また、緊迫した雰囲気を和らげるように随所にアルコーブの庭を設け、その庭に面した窓を設けることで居室が周辺に直面しないように工夫しました。
日々、緊張感のある職務環境にいる職員の事務室と利用者を隔てる壁には半透明の強化ガラスを用い、事務室側のセキュリティを守りながら互いの気配を伝え、見えない不安をなくす設えとしています。また、事務室に大きな開口部のあるラウンジを設けて自然光の入る安らぎの場とし、職務環境の快適性の向上を図りました。
県内では大型木造建築物としての事例が少なく、実現するには県産材の事前調達や県内外のプレカット業者との協力など官民の連携が必要であり、様々な課題を改めて認識しました。また、建築主事との協議は幾重にも及び、工事が始まってからも施工者と協力しながらクリアしていく様は緊張感があり多くのことを学ぶことができた。
本計画で最も大切にしたのは利用者の安全安心が守られることです。しかしながら、この建築用途の事例はその秘匿性により、ほとんど公開されておらず、情報量が少ないなか職員の方々とワークショップやヒアリングを重ねて計画に落とし込み、内外部で様々に起こる問題を未然に防ぐための仕様や視線、セキュリティラインの設定などを決定していきました。本施設は私たちが関わっただけでも3年を超える月日がかかっており、多くの方々の専門性と尽力の上に建築が成り立っています。このような施設が無い方が望ましいのかもしれないが、家庭や生活に問題を抱えた方の役にたてることを誇りに思います。
設計:走坂建築設計事務所・ヒャッカ設計共同体
施工:見谷組・サカイ建設不動産JV、活衛工務店
写真:Tomomi Takano